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第44話 北極星 投稿日: 02/08/19 02:41 ID:LIUdj4TR
     『三年地球組 マリーは今日も元気です』

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「マリー! マリーや」
ロココ様式の応接間に、老女の呼び声がひびきました。
年の頃は80から90ほど、年に似合わぬ豊かな銀髪をアップにまとめています。鋭い眼光に高い鼻が、往
年の美貌のよすがをとどめていました。
「マリー! 聞こえないのですか」
寝間着のうえにサテンのガウンを羽織っています。
顔をしかめると、ロココ調のクッション椅子によりかかって腰をさすりました。
「おお、痛つつつ……。まったくこのやくざなリューマチときたら! マリー!」
ひときわ高く声をあげました。
「マリー・カロリーヌ!!」
「なんですか……まあ! お祖母さま」
ハプスブルク先生が、応接間に姿をあらわしました。
ほんわかした垂れ目に驚きの色をうかべ、しゃがみこむ祖母に駆け寄ります。
「ああ、勝手に起きられてはダメですわ〜。関節によくありません」
介添えして、腰をさすります。
「あ痛つつつ……。お、起きたくて起きたわけではありませんよ。あなたがいつまでたっても来ないから」
「あらら、そうでしたの。ごめんなさい、お掃除してました。この邸は広いから、掃除機をかけるとお声が
きこえないのです」
ハプスブルク先生は、ぺこりと頭を下げました。
レースのヘッドドレスが揺れます。上袖のふくらんだ黒のワンピースに白エプロン。さらに白手袋をつけた
ハプスブルク先生は「あるもの」に非常によく似ていました。
「……マリー。その格好はいったい……」
「あっ、これですか♪」
ハプスブルク先生は、嬉しそうにくるりと一回転しました。
「使用人室のクローゼットにありましたの♪ もう使用人なんていませんし、もったいないから着てみたの
です。可愛いし動きやすくていいでしょ〜。気に入りましたわ♪」
「そっ、それはメイドの制服です……!」
ハプスブルク先生のお祖母さんは、はらはらと落涙しました。
「ああ情けなや。世が世であれば、姫君として家臣にかしずかれていたものを、嬉々として下賤なものの衣
服に身を包むとは……」
「お祖母さま、お祖母さま」
思わぬ激しい反応に、ハプスブルク先生は当惑しました。
「そんな、泣かないでください。マリーは気にしてません」
「いいえ泣きます。あなたが気の毒でなりません。若い身空で遊びにも行けず、家事に追われている姿をみ
ると……」
お祖母さんは、泪にむせながら、掌で顔を覆いました。
「ああ、それもこれも私が……!」
「お祖母さま、用事というのはなんですの?」
ハプスブルク先生は、愁嘆場になる直前に、急いで話題をかえました。
最近、いつもこうなのです。
このお祖母さんは年のせいか、過去を追憶するのが生き甲斐となっていて、すぐ過去の栄華と没落のドラマ
を語りはじめるのです。
60年前の舞踏会で、ナチス会首領アドルフ・ハーケンクロイツと出会ったこと、すでに夫を亡くしていた
祖母は孤閨を守るのに耐えられなかったこと、そしてアドルフは悪魔的に魅惑的だったこと。
しかし、自分はアドルフの無数の愛人のひとりにすぎなかったこと、それでも彼の寵愛を得るためあらゆる
援助をおしまなかったこと……。
そして破滅と崩壊の日々。
オーストリアの現在の苦況は、元をただせば、お祖母さんの女の愚かさに端を発しているのでした。

解説 北極星 投稿日: 02/08/19 02:46 ID:LIUdj4TR
すいません、これでおわりです…。

短いうえにお馬鹿全開な内容で申し訳ないんですけど、こういうかたちで自分を追いつめないと、
いつまで経っても完成しそうになかったので…。
中途半端な代物をアップしてごめんなさい…。

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