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第13話 三毛 ◆wPntKTsQ 投稿日: 2002/12/14(土) 04:10 ID:/hF2VHKs

                      ……あの子には、負けられない。
                    三毛 Presents  「ニホンちゃん」外伝

     「Still,I Love You」
         第五話 School Days

  〜Side Uyo〜
 ユキが転校してきてから、数日が経った。
 ………たった数日なのに、何年も経過したように感じる。ユキとラスカちゃん、この二人に、オレはさんざん
振り回されていた。

 ユキのやつは、何かにつけてオレのそばにやってくる。やれ学校を案内してくれ、町を案内してくれ、お勧
めの店を教えてくれ…………。
 そのたびに、ラスカちゃんから凄まじい殺気が押し寄せてくる。剣道の達人と相対したかのような、とてつ
もないプレッシャーだ。

 一方のラスカちゃん。彼女も、事あるごとに、奢ってくれだの買い物つきあってくれだのと言ってくる。時に
は「おにぃちゃ〜ん」などと甘ったるい声で。
 ………ユキに対抗でもしてるんだろうか?そしてその都度、ユキから、恐ろしいまでの波動が叩きつけら
れてくる。背筋に氷でも突っ込まれたような感覚だ。

 あちらを立てればこちらが立たず、ではないが、入れ替わり立ち替わり襲いかかるおねだり攻撃と精神攻
撃によって、オレは消耗しきることになったのだった…………。
 ……………誰か、オレを助けてくれ………………。

     つづき

 授業終了を告げるチャイムが鳴った。先生の「今日はここまで」という声が終わらぬうちに、賑やかな喧噪
が教室を覆い尽くす。昼休みの始まりだ。
「さ、メシだメシだー」
 購買組のマカオが、浮かれたように席を立つ。オレもそれに続いた。
「あ、待ってくれマカオ。オレも行くぞ」
「あれ?ウヨ、今日は弁当無しか?……まーたニホンさんと喧嘩したのかよ?」
 そう、オレの弁当は、いつも姉さんが作ってくれている。ただし、喧嘩なんかしたときは、ものの見事に無
視されたりするが。そのせいか、マカオの頭の中では「弁当無し=姉さんと喧嘩」という図式が出来上がっ
ているらしい。
「………喧嘩なんかしてねーよ。なんで作ってくれなかったのか、オレの方が聞きたいくらいだ」
 と、そのとき。背後から女の子が声をかけてきた。
「オ・グ・ナ」
 ………ユキだ。オレは内心で身構えた。今度は何を行って来るつもりなんだろう?早速ラスカちゃんから
押し寄せてくる、首筋をちりちりさせるプレッシャーに耐えつつ、オレは振り返った。
「……なんだよ」
「弁当の件なんだけど、ワタシがさくらさんに頼んだの。オグナの弁当、作らないでくださいって」
「な、なにい!?」
 ニコニコと笑みを浮かべながら、とんでもないことを言ってきやがる。
「な、なんでンなこと言うんだよ!?おかげでオレは今日購買行きだぞ!?」
「購買に行く必要なんてないわ。………はい、これ」
 清潔なハンカチに包まれたものが、オレに突きつけられた。
「……………………なんだこれは?」
「決まってるじゃない。お弁当よ。オグナには別なモノに見えるの?」

     つづき

『ひゅ〜〜ぅ!!』
 周りから、冷やかしの声が挙がる。 やっかみや好奇の視線、そして爆発的に増大したプレッシャーの中
で、オレは立ちすくんだ。かすれる声で問いかける。
「……弁当はわかったが………こいつをどーしろと?」
「これ、オグナの分。一緒に食べましょ?」
 爽やかな笑顔で、あっさりと答えてくれやがった。
 はい、とばかりに胸元に押しつけてくる。……い、一緒に喰うなんて、そんなこっ恥ずかしい真似できるか
よ………。
「い、いや、今日はオレ購買のパン喰いたい気分だし……」
 しどろもどろで、なんとか逃れようとする。……が、敵の方が一枚上手だった。
「………ワタシのお弁当、食べたくないの………?」
「ぐ」
 上目遣いの涙目で、オレを睨んでくる。これ以上拒絶すると泣くわよ、と言わんばかりだ。当然ながら、オ
レに非難の視線が集中してくる。………は、反則だ…………。
 一瞬のうちに、オレは崖っぷちに追いつめられてしまった。とれる方策は二つ。全面降伏して、素直に食べ
るか、あくまで拒否してここから逃げ出すか。
 ………後者を選択したら、オレの立場はその瞬間消滅するだろう。「最低男」のレッテルを貼られて、以降
三年間、非常に不快な学校生活を送る羽目になるに違いなかった。
 冷や汗と脂汗で全身を濡らしながら、オレは決断した。………というか、退路は既に断たれていた。
「わかった…………喰うよ…………」
 泣きたくなってくる。

     つづき

「うん!じゃ、早速食べましょ?」
 つい今までの哀しげな表情はどこへやら。思い切り浮かれた表情で、空いている席の椅子を持ってくる。
「…………おい、差し向かいで食べる気か?ここで?」
「そうよ?」
 か、勘弁してくれ。恥ずかしすぎる。
「あーあーあー、羨ましいねこんちくしょーめ」
 マカオが、えらく投げやりな口調で声を掛けてくる。が、今の、藁にもすがりたい心境のオレにとっては、救
いの手そのものだった。
「あ、おいマカオ。昼飯買ってきたら、一緒に喰わないか?ヨハネも」
「んー、遠慮しとくわ。おいヨハネ、行こうぜ」
 ………藁は、あっさりと流れていった。
「え、ボクは、構いませんが……」
「あのなー。お前さん空気読めよな。馬に蹴られて死にたかないだろ?」
「……………………………………………………………………………ああ、なるほど」
 ポン、と膝を叩くヨハネ。いや納得しないでくれ頼む。
 引き留める間もあらばこそ。マカオとヨハネは、そそくさとその場を立ち去っていった。
「なあヨハネ。お前、姉さんいたよな?」
「クリス姉さんのことですか?それが何か?」
「紹介して」
「イヤです」
「うわ即答しやがったよこいつ……」
 アホな会話を交わしつつ、遠くへ流れ去ってゆく藁を、オレは、ぼーぜんと眺めているしか出来なかった……。


     つづき

「ねぇオグナ?ぼんやりしてないで………食べましょ?」
 ユキの声に、我に返る。いつの間にやら弁当が広げられていた。
「上手くできてるかどうか、ちょっと自信ないけど………」
 はにかむように微笑むユキ。その笑顔につられて、オレは生返事を返しつつ、箸をとる。
「お、おい。これって…………」
 弁当を見て驚いた。みっしりと詰まった料理………それは、全て俺の好物だったから。
「オグナの好物………ちゃんと、覚えてるんだよ」
 にっこりと笑うユキ。その時の彼女の笑顔を、オレは、綺麗だと思った……。

「さ、食べて食べて」
「お、おう………」
 ミートボールを口に運ぶ。甘辛い味。母さんや、姉さんとは少し違った味付けだが、悪くない。
「ね、どう?おいしい?それともうまい?」
 …………他の選択肢はないのか?
「ああ、おいしいと思うよ」
 まあ、旨いのは事実だし。
「……よかったぁ…………!」
 心底ほっとしたように、両手を合わせて満面の笑みをたたえる。その表情を見た瞬間、オレの胸郭のなか
で、なにかが大きくステップを踏んだんだ…………。

     つづき

  〜Side Laska〜
 お弁当。
 私は、心の中で、「その手があったか!!」と叫び続けていた。迂闊と言えば迂闊だったろう。彼へのアプ
ローチの方法は、いくらでもあるのだから、それを思いついてもよかったのに。
 でも…………お弁当を作るとして、私に上手くできるかなぁ?
 クッキーやケーキみたいなお菓子なら、そこそこできるけど……本格的な料理となると、まったくもって自
信がない。
 由紀子ちゃんのお弁当は、遠目でちらっと見ただけでも、すごく美味しそうに見えた。いや、事実美味しい
んだろうな。ウヨ君の箸の動きが、それをなによりも雄弁に証明している。
 私は、手元に視線を落とした。サンドイッチを詰めた小さなバスケット。ママの自信作だ。
 美味しくて、私の大好きなサンドイッチ。でも、今の私には、それはひどくみすぼらしく見えた……。

 胸がすくようなスピードで、お弁当を攻略してゆくウヨ君。それを幸せそうに眺めつつ、ときおりかいがいしく
水を渡す由紀子ちゃん。
 ……………羨ましい。
 ぼそぼそとサンドイッチをかじりながら、私は、心中に決心していた。
 私も料理に挑戦しよう。ウヨ君に、私の手料理を食べて貰おう。
「…………負けるもんか」
 一言呟くと、私は、サンドイッチを口の中に勢いよく放り込んだ。

 …………………………その前に、料理の本買っておかなくちゃ。

     つづき

  〜Side Yukiko〜
「えっと、人参、大根……豚肉……っと」
 ワタシは、棚にずらりと並んだ食材をじっくりと吟味しながら、明日のお弁当の献立を考えていた。
 オグナ、喜んでくれてよかった……。
 夢中になってお弁当をほおばる彼の顔。
 「旨かった!」と言って破顔した彼の顔。
 そう。ワタシはあの顔が見たかった。ワタシだけに向けられた、あの笑顔がみたかったんだ…。
「うん、決めた!」
 献立を決めたワタシは、買い物かごに次々と食材を放り込み始めた。早く帰って、下ごしらえしなくちゃ。
明日も、オグナの喜ぶ顔を見ることができる。それが、ワタシのこころを浮き立たせていた。

 スーパーから出たワタシは、目の前を歩く少女に目を留めた。反射的に物陰に隠れてしまう。
 …ラスカちゃんだった。食材で膨れ上がった袋を片手に下げて、もう片方の手には、何やら本を持ってい
る。それに熱心に視線を落としていた。…………危ないなぁ。誰かにぶつかっても知らないわよ。
 何を読んでいるのか、興味に駆られたワタシは、気づかれないように回り込んだ。目を凝らして、本のタイト
ルを確認する。
 「お弁当に最適!かんたんレシピ集」…という本だった。
 ……ラスカちゃんも、やる気まんまんのようね。負けられないわ。
 でも…あんな本を見ているということは、彼女、料理をした経験には乏しいようね。実際にオグナにお弁当
を持ってくるのは、当分先になりそう。
 いまのうちに、アドバンテージをつけておかなくっちゃ。

 ワタシは、きびすを返した。彼女が本気である以上、ワタシも安穏としてはいられない。恋愛に寧日なし。
日々是決戦なのだから。
「……………負けるもんか」


     つづき

  〜Side Laska〜
「ええっと、これを入れて………あれぇぇ?」
 私は、レシピと首っ引きで、料理と格闘していた。………………訂正。翻弄されていた。
「わ、わ、わ、吹いてる吹いてる」
「ふえぇぇぇ、焦げちゃった………」
 あああ、もう。料理がこんなに難しいなんて、知らなかった。
 悪戦苦闘を続ける私に、後から声がかけられた。
「な、なんだ?ラスカが料理してんのか?………どーいう風の吹き回しだ、珍しいな……」
「なーにー?その言い方?ひどいよ兄さん……」
 ちょっとだけ拗ねてみる。確かに、料理なんてしたことないけど………。
「悪い悪い。でもなんだっていきなり……」
「うん………お料理くらいはできないとね。高校生にもなって、それくらいできないと恥ずかしいし」
 ………ホントは、ウヨ君にお弁当を作ってあげたいからだけど。そんなこと言ったら、思い切りからかわれ
るに決まってる。
「あ、そうだ。兄さん、お料理出来たら、味見してね」
「あ、悪い俺外でメシ喰ってきたから」
「に・い・さ・ん?」
 ペティナイフをこれ見よがしに光らせて、とびきりの笑顔。慌てて逃げようとした兄さんは、あっさりと陥落した。
「わかった…………喰うよ…………」
 恋する乙女は強いんだから。

     つづき

 悪戦苦闘の末、なんとか完成にこぎつけた。メニューは、ポークソテーにポテトサラダ、そしてコーンスープ。
肉が少々焦げすぎて、サラダはポテトの量がちょっとだけ多くて、スープはすこし濃くなってるけど…………
よくできてる。……………と、思う。
「さ、どーぞ」
 テーブルについた兄さんの前に、料理を並べる。兄さんは、スプーンをスープの中に浸して……凍り付いた。
「おい…………なんだこのゲル状の物体は」
「…………スープだけど」
「いくらなんでも濃すぎだ………」
 ぶつくさ言いつつ、スプーンを口に運ぶ。口に含んだ瞬間、兄さんの額から、とてつもない量の汗が流れ出
した。
「○×↑♪←○△×!!」
 意味不明の叫びとともに、洗面所に走ってゆく………し、失礼ねーっ!!
「ひっどいなぁ………ちゃんと出来てるのに………」
 文句を言いながら、スープを飲んでみる…………思い切り噴き出した。
「な、なに、これぇ!?」
 自分で作っておきながら、ついそう言っちゃった。酷い味だった。イヤな予感がして、肉にナイフを入れてみる。
 がち。と、とんでもなく硬い音がした。ナ、ナイフが通らない………。
 ポテトサラダも、お砂糖の入れすぎで、まるで餡のようだった。

     つづき

「はあ〜あ………」
 結局、初めてのお料理は、食材を無駄にしただけで終わってしまった。あまりの無惨さに、ため息しか出
てこない。
 お菓子作るみたいにはいかないなぁ………。かといって、お菓子作ってあげるっていうのも、なんかイヤだ
し。あくまでお弁当で、対抗したかった。でも………。
「はあぁ〜あ………」
 初挑戦のお料理だから、失敗して当たり前だって、分かってるけど…なんか悔しい。素直に誰かに教わっ
たほうがいいのかなぁ……?
 ママ……はダメ。料理する本当の目的を見破られそうだから。
 知り合いでお料理の上手い人…フランソワーズさんのお料理は、お弁当には向いてないような気がする。
マカロニーノさんは、こっちの身が危ないような気がするから却下。チューゴさんはなんだか怖そうだし……
タイワンさんは、私がウヨ君のこと好きだって気づいてそうだから、やめておこう。
 うーん、あとは………ニホン姉さんくらいしかいないじゃない。
「…………!!」
 そうだ!ニホン姉さんに教わればいいのよ!ニホン姉さんなら、ウヨ君の好みも知り尽くしてるし。
 将を射んとすればなんとやら。うまくいけば、この先なにかと協力してくれるかもしれない。確か、ウヨ君部
活で遅い日があるって言ってたから、その日にこっそり教われば、彼に気づかれることもないだろうし。
「うん!決めた!!」
 善は急げ。早速明日頼んでみよう。……ウヨ君、もうすぐ、私の手料理食べさせてあげるね。

     つづき

 翌日。ニホン姉さんは、快く承諾してくれた。折良く、ウヨ君は部活の日。というわけで、私は、ニホン姉さ
んのおうちにお邪魔して、お料理を教わることになった。
 制服の上からエプロンを身につける。ニホン姉さんも、私服に着替えて、エプロン姿。とてもよく似合ってる。
「それじゃ、よろしくお願いします」
「うん。それじゃ、基本からね………」
 かくして、ニホン姉さんのお料理講座が始まった。包丁の扱い方、食材を扱う時の注意、火の扱い方…。
「そうそう。猫さんの手にすれば、間違えて指を切る心配もなくなるでしょ?」
「あ、ホントだぁ」
「うん。……ところで、ラスカちゃん、どんなお料理作りたいの?」 
 どうしよう………うん、ここは正直に。
「えっとね……お弁当に入れられるようなお料理」
「お弁当………そうね、じゃ、今日は焼き魚を教えてあげる」
 ただ焼けばいいとばかり思っていた焼き魚。でも、いろいろとコツがあることを知らなかった。
 鮭の切り身に悪戦苦闘していると、キッチンに男の人が入ってきた。え、えっ!?ウヨ君!?今日は部活
のはずじゃ………。慌てて、切り身を取り落としちゃった。
「おや、驚かせちゃったかな?ごめんね」
 男の人は、ニホン姉さんとウヨ君のお父さんだった。茫洋とした、ちょっとつかみ所のない人だ。
「こんにちは、小父さま。お邪魔してます」
 礼儀正しくご挨拶。家族の方に、良い印象持ってもらわないと。
「ああ、こんにちは。二人してお料理かい?」
 穏やかな笑顔。ニホン姉さんやウヨ君によく似た、心が温かくなる笑顔だった。

     つづき

 お料理再開。ニホン姉さんの手ほどきを受けながら、慣れない手つきで切り身を焼いてゆく。小父さまは、
そんな私たちをにこにこと笑いながら見ていた。うう、緊張するよぉ。おまけに、途中から小母さままで合流し
てきて、お料理講座に参加してくるし。有り難いけど、すっごくプレッシャーかかっちゃう。
 なにはともあれ、お料理名人二人のサポートを受けて、たどたどしく手を動かす。と、小父さまが、いきなり
呟いた。
「う〜ん、いい光景だなぁ。もう一人女の子を作っておけばよかったな」
「な、なんですかあなた。いきなり。子供の前ですよ?」
 小母さまが、ちょっと慌てたようにたしなめる。
「だってなぁ、母さん。女の子が二人、仲良く料理作る光景って、いいものだと思うだろ?」
「ええ、それはまあ………でも、いまさらもう一人作るわけにはいかないですよ?」
「分かってるよ………おお、そうだ、ラスカちゃんがうちの子になればいいんじゃないか!」
 …………え!?
「どうだい?ラスカちゃん。うちの武士のお嫁さんにならないかい?」
 え?えっ!?今、なんて言ったの!?小父さまの発言の意味を理解すると同時に、私は口走ってしまって
いた。決定的なひとことを。

「は、はい!!喜んで!!」

 ………………小父さまも小母さまも、そしてニホン姉さんも、みんな一斉に凍り付いた。

     つづき

 突然やって来た沈黙に、私は、自分が何を言ってしまったのか気づかされた。一瞬、顔から血の気が引
き、次いでかあっと熱くなる。
 致命的だった。ウヨ君のことが好きです、と、思い切り宣言しちゃったも同然だった。いまさら、「冗談でし
た」なんて言い訳が通るとも思えない。
逃げようか。そんな考えが、刹那脳裏をよぎったが、逃げたところで状況は好転するはずがない。というよ
り、むしろ泥沼にはまっちゃいそうだ。こ、こうなったら………。
「まいったな………冗談のつもりだったんだが……」
「わ、私は、本気、です」
「…………………………」
「私、ウヨ君の事が好きです。彼にお弁当作ってあげたいから、いまこうしてお料理の勉強してるんです!」
 頬が熱い。自分の想いを、気持ちを、こうして言葉にするのって、なんて勇気がいるんだろう。
 ニホン姉さんたちは、ただただ呆然としていた。そりゃあ、そうだよね。冗談に思い切り反応されて、おまけ
に開き直った告白を聞かされたんだから………。
 なんとも居心地の悪い沈黙は、小母さまの暖かい言葉によって破られた。
「武士は……本当に幸せ者ね。こんないい子に好きになって貰えるなんて」
「小母さま……」
「ラスカちゃん。武士には、自分の想いを伝えたの?」
 無言でかぶりを振る私。まだ………彼本人に伝える勇気は…………………出ない。
「そう……。ラスカちゃん、恋を成就させるか否か、それは全てあなた次第よ。想いを受け入れるかどうか、
選ぶのは武士だけど……選ばせるのはあなた。武士が、何が何でもあなたを選びたくなるような…………
いい女に、なりなさいね」
「………………はいっ!!」
「わたしは………応援するしかできないけど………あなたなら、きっとそうなれると信じてるわ」

     つづき

 日ノ本家を辞去するとき、私は、今日の事を、そして、お料理講座のことを口止めした。ニホン姉さん達の
口からじゃなく、自分自身の言葉で、彼に想いをうち明けたかったから。そして、ウヨ君に驚いて貰いたかっ
たから。

「ニホン姉さん、今日はどうもありがとう。また、よろしくね」
「うん………」
 見送りに出たニホン姉さんにお礼を言う。…ニホン姉さんは、どこか浮かない顔をしていた。
「ね………ラスカちゃん。由紀子ちゃんのことなんだけど………」
 ああ……やっぱり。由紀子ちゃんのことを知ってるから、こんなに不安そうな顔してるんだ。そりゃあ、そう
だよね。弟のことを好きな女の子が二人。その上、二人とも昔からの知り合いときてるんだもの。
「わたし、多分………由紀子ちゃんからも協力を求められたら………断れないと思う。それでも…いい?」
「うん。私も、正々堂々彼女と勝負したいし。今更イヤだなんて言えないよ」
「ありがとう……。綺麗事言うみたいだけど、わたし、ラスカちゃんと由紀子ちゃんには幸せになって欲しい。
だから………どちらか一方にだけ肩入れできないの……」
「分かってる。ホントは味方になって貰いたいけど、それは由紀子ちゃんだって同じ事、だもんね」
 ちょっとぎこちなく、ウインクしてみせる。そう。ニホン姉さんのことだから、私と彼女の間で板挟みになった
ら、どこまでも苦しみぬきそうだった。そこまでの負担を求める資格なんて、私たちには、ない。
「たまにお料理教えてくれて、ウヨ君の家での様子を聞かせてくれたら、私はそれで十分。小母さまも言って
たけど、ウヨ君を射止めることができるかどうかは、私次第なんだもの」
 私の言葉に、ニホン姉さんはすこし驚いたようだった。
「ラスカちゃん………あなた、強くなったわね」
 その言葉に、私は、とびきりの笑顔で答えた。
「だって………今、恋してるもの!!」

     つづき

  〜Side Yuki〜
 あれから数週間が経った。春の残滓は一掃されて、汗ばむ陽気が続いている。
 ワタシは毎日、オグナの弁当を作っていた。オグナは、何だかんだと理由を付けて逃げようとするが、一度
も成功した試しがない。最近はもう諦めたのか、それとも単に開き直ったのか、素直に受け取るようになって
いた。
 気になるのは………ラスカちゃんの動向だ。指に絆創膏を巻いたりしてるので、多分一生懸命料理の勉
強してるんだろうな。油断禁物………。

 昼休みがやって来た。今日も、お弁当をふたつ抱えて、オグナの元へ………。
 と、思ったら。ワタシより先に、オグナに駆け寄った影が一つ………ラスカちゃん!?
「ウ、ウヨ君!!お弁当作ってきたの!!食べて!!」
 耳まで赤く染めて、大声で叫ぶ。クラス中がどよめいた。当のオグナは、状況を掴めていないのか、目を白
黒させている。
 …………まさか、こんなに早くお弁当を作ってくるなんて………甘く見すぎてたわ。
「あ、いや………え?ええ??お弁当って………オレに!?」
 オグナは混乱しているらしく、意味のない質問を繰り返す。
「だぁぁぁぁぁぁっ!畜生っ!なんでおまえばっかり〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 マカオ君が、いきなり叫んで走り出すし。………あ、涙の粒が光って綺麗。
「い、いや、オレ、弁当あるし………」
「…………………食べたく、ないの………?ふぇっ…………」
「食べます食べさせてください」
 早っ!オグナ弱っ!!
 ………オグナは、女の子の涙には滅法弱いみたいね。多分意識なんてしてないんだろうけど、あっさりと
オグナを陥落させるとは………ラスカちゃん、恐るべし。
 ま、負けるもんかぁ!!

     つづき

  〜Side Uyo〜
 ………………変なことになっちまった。
 オレの目の前には、ユキじゃなくてラスカちゃん。こぼれるような笑顔で、組んだ両手の上にあごを乗せ
て、オレを見つめている。ユキは……二つの弁当を持ったまま、オレたちを睨んでいる。………あの、怖いん
ですけど由紀子さん。
 自分がのっぴきならない状況に陥ってしまったことは、もはや明らかだった。つーか何故、ラスカちゃんはこ
うもユキに対抗心持つんだ?妹分のやきもちって、こんなに強烈なもんなんだろうか……?
「ウヨ君、食べないの?」
 ラスカちゃんが、言外に促してくる。……観念して、オレは弁当箱を開けた。もうどうにでもなれってんだ。
 ………弁当の中身は、ハンバーグに塩鮭、タコウインナー、そしてそぼろご飯。………日ノ本家流の弁当
そのものだ。ど、どこで覚えてきたんだ、こんなもの……。
「いただきます」
 おそるおそる、料理を口に運ぶ。そして仰天した。母さんや姉さんと、味付けが全く同じだったからだ。
 …………どっちかが、一枚かんでやがるな……。或いは両方か………。
「ねね、おいしい?それとも旨い?」
 …………またもやオレには選択肢なしですかラスカさん?しかしまあ、旨いのは事実だから、素直に答え
ることにする。
「ああ、旨いよ……!?」
 彼女の手を見て驚いた。白く華奢な指に、痛々しい絆創膏や火傷の痕。これを作るのに、どれだけの苦労
を重ねてきたことか。それが痛いほど思いやられた。
 ……こんなオレに……。有り難いことだと思う。心して食べないとな…………。

     つづき

  〜Side Laska〜
 ウヨ君の健啖ぶりを眺めるだけで、幸せ一杯だった。ときおり漏らす、「うん、旨い」というつぶやきが、私の
こころを舞い上がらせた。
 想いをこめて作った料理を、好きな人に食べて貰う。これが、こんなにも幸せな気分にさせてくれるなんて、
知らなかった。
 この幸せに比べれば、由紀子ちゃんから送られてくる殺気なんて、そよ風も同然………ホントはちょっと怖
いけど。

「ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさまでした」
 ウヨ君から弁当箱を受け取る。「旨かった!」と、元気よく言ってくれるものと思っていた私は……次の彼の
行動に、心臓を打ち抜かれる思いだった。
 彼は、手を伸ばすと………私の頭を撫でてくれたのだ。
「この弁当、作るのに苦労したんだろう?………ホントに、ありがとな、ラスカちゃん」
 頬が、一気に熱くなる。この一言で、今までの苦労なんか、空の向こうに飛んでゆく思いだった。

 ………………………作ってよかった…………………………!!

 私が喜びに浸っていると………後ろから、つかつかと歩いてきた人がいる。………由紀子ちゃんだ。
 彼女は………いきなり、ウヨ君の腕に抱きついた!………な、なにやってんのよーっ!!
「ねえオグナ!ワタシのお父さんがね、ぜひ一度、うちに来てくれって!うちで晩ご飯食べていって!!」
 ………!!き、強硬手段に出たわね……。
 ……………………………負けるもんかぁぁぁっ!!

     つづき

  〜Side Uyo〜
 ユキの行動は、オレの想像を絶していた。
 …………つーか、いきなりなんてことしやがる、こいつ!?
 オレが咄嗟に反応しかねていると、ラスカちゃんが血相変えて椅子を蹴った。………が、助けてくれるの
かと思いきや、彼女はさも当然のように、オレの空いた腕に抱きついてきたのだ。……な、何で!?
「ウヨ君ウヨ君、今晩私、ウヨ君のおうちに晩ご飯作りに行ってあげる!いいでしょ?ね?」
 ………状況は悪化の一途だった。オレを挟んで、二人が「うー」などとうなりながら睨み合う。
 情けないことに、オレは、蛇に睨まれた蛙のように、引きつった笑顔のまま固まっていた。
「オグナはワタシの家に来るの!!」
「いーえ、私の晩ご飯を食べるんですっ!!」
「いてててててててててててててててててててててっ!!」
 オレの腕を抱え込んだまま、力任せに引っ張る二人。だ、脱臼しちまう。腕に当たる柔らかな感触と、両肩
の激痛で、オレは混乱をすっ飛ばしてパニック状態だった。
 だ、誰か助けてくれ!!
 助けを求めて視線をさまよわせるが、みんな遠巻きに眺めてにやにやとしているだけ。…覚えてやがれ。
 こんな時に頼りになりそうなマカオは、とうの昔に訳の分からない絶叫残して飛び出していったし…ああ、
地獄だ………。
 オレが世の不条理と人情について、認識を改めかけたとき………誰かが、オレたちの前に立った。
 ヨハネ……!!お前だけは信じてたぞ、オレは!!
 …………が。ヨハネは、天然だった。
「この際、痛がるウヨ君を見て先に手を離した方が、ウヨ君と一緒に……」
「バカかてめーはっ!どっかで聞いたよーな台詞ほざいてないで助けろっ!!」
 …………胃薬と頭痛薬を持ち歩く日は近いのかもしれない………。
「うーっ!」
「ふーっ!」
「誰か助けてくれーっ!!」

                                                 つづく

                             次回予告

「別荘!?行く行く!!」

 夏休み。楽しいバカンス。

「なんでこんなものが…………」

 海辺でも、熾烈な戦いはつづく。

「な、なにするニダ〜〜〜ッ!?」

 波の音に誘われて、オレたちは夜の渚を歩く。

「…………悪くないな」

 次回「潮騒」

 星空。そして海。何かが、動き出す。

解説 三毛 ◆wPntKTsQ 投稿日: 2002/12/14(土) 04:22 ID:/hF2VHKs

三毛であります。
「Still…」第五話、「ラスカたんネタにマジレス」の巻をお届けします(w
今回は、正調ラブコメ甘口風味で逝ってみました。壊れともいいますが。
次回は、季節はずれの夏のお話です。予告でお判りかと思いますが、あの人も出てきます(w

では!

                        中村由利子「School Days」を聞きながら  三毛 拝

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