戻る
<<戻る
|
進む>>
第5話
三毛 ◆wPntKTsQ
投稿日: 2002/10/11(金) 20:39 ID:RF7WAezE
想いは、時を越えて。
三毛 Presents 「ニホンちゃん」外伝
「Still,I Love You」
第三話 回想
〜Side Uyo〜
喫茶店「三毛猫亭」。
地球町商店街のはずれにある、ちんまりとした喫茶店だ。今、オレは、クラスの連中と一緒に、この店に
やって来ていた。
………訂正。オレは、この店に、拉致どうぜんに連れ込まれていた。
「いらっしゃ………なんだぁ?えらい大勢だな」
やって来たオレ達を見て、マスターが目を丸くした。三十くらいの痩せぎすの人で、少々目つきの悪い男性
だ。
慌てて水の用意をするマスターを後目に、オレ達はテーブルにつく。……つーか、座らされる。五卓あった
テーブルは、あっという間に占拠された。
オレを挟み込むように、左右にヨハネとマカオ。対面の席には、ユキとラスカちゃん。彼女たちは、一人分
開けて座っている。
マスターが、水を配りながら、注文を聞いて回る。オレを含めて野郎三人はコーヒー。ラスカちゃんはミック
スパフェセット。そしてユキはチーズケーキとオレンジジュース。
他の連中も、それぞれ好き勝手に注文している。
「ったく、めんどくせーなぁ………」
マスターが、ぶつぶつと漏らしているのを、オレは聞いてしまった。
………いつも思うんだが、この人よく喫茶店のマスターなんてやってられるなぁ。
つづき
この店は、姉さんに教えて貰った。マスターがとんでもない不精者で、コーヒー一杯で何時間もお喋りして
いようと、なにも言わない。それどころか、ちょっと手が空いたと見るや、煙草の吸い殻の山を築きながら本
を読み耽っている。勿論、お客などほったらかしだ。
理解があるのか、それとも我関せずという姿勢なのか、生徒が煙草を吸っても、「見つからんようにな」と
しか言わないし、酷いときには客に店番をさせて本屋に行くなんて真似すらする。はっきり言って、変人だ。
そういうわけで、この店は、お金がないのにひまを持て余している地球高校の生徒の溜まり場と化している。
マスターは変わり者だが、店そのものはかなり上等な部類に入るだろう。コーヒーは、オレ好みの酸味の
すくないものだし、ケーキやパフェは、ボリュームがあってカロリー抑えめ………らしい。オレは食べたことが
ないのでよく知らないが。
店の内装は、店名どおり猫の写真や置物で埋まっているという印象だ。マスターの趣味だという、落ち着
いたピアノ曲が、常に流れている。
姉さんに連れてきてもらったオレは、一度でこの店が気に入ってしまった。以来、三日と空けずここに来て
いる。ヨハネやマカオには、オレが教えたんだが、あいつらもここがお気に入りになっているらしい。
皆が皆、無言だった。聞こえてくるのは、店内に流れる音楽と、マスターが立ち働く音だけ。
「……なんだ、今日はやけに静かだな。喧嘩でもしたのか?」
マスターが、そんな空気を察して声をかけてきた。
「いえ、喧嘩って訳じゃないんですが………」
ヨハネが、歯切れ悪く答える。マスターは、深入りするつもりが無いらしく、ひょいと肩をすくめるだけだった。
五分……十分。重苦しく、ピリピリした空気は、注文の品がやってくるまで続いた。
つづき
「へいお待ち」
やる気の無さそうな声とともに、コーヒーがやってきた。それぞれの前に、注文の品と一緒に伝票が置か
れてゆく。
……………………………ちょっと待て。
「………マスター。何故オレの伝票にパフェセットとチーズケーキが一緒に書かれてんですか?」
「あん?ラスカちゃんの分はどうせ君のおごりだろ?そっちの子は初めて見るが、君の関係者だろうし」
…………なぜ関係者だとわかるんだ………。
「おごりだなんて、一言も言ってませんよ、オレ」
「君とラスカちゃんが一緒に来るときは、いつもおごりだからな。今回もそうだと思ったんだが?」
「いつもいつもたかられてる訳じゃないっす。………っていうか、オレの財布がもたない」
げんなりと反論するオレ。その台詞に反応して、ラスカちゃんが、ぷうっと頬を膨らませた。
「ひっどーい!私、たかってなんかいないもん!ただおごって貰ってるだけだもん!」
………いや、そういうのを一般的に「たかる」と言うんだが………。
反論する気力も尽き果てたオレは、のろのろとコーヒーをすすることしか出来なかった………。
「…………で。由紀子さん、さっき言ったこと、本当ですの?」
紅茶のカップを、優雅にソーサーに戻しながら、ケベックが口火を切った。
………さっき言ったこととは…無論、ユキの爆弾発言だ。あれのせいで、オレの立場は針のむしろ………
いや、剣山の上で正座するに等しいモノになってしまった。早い話、やっかみと好奇心の対象になったのだ。
ユキは、黙っていれば美少女だ。………と、思う。それが、転校して早々、特定の人間に、極端に好意的
な態度をとっていれば、当然他の野郎共にとっては面白くなかろう。女子たちは………まあ、女というもの
は、人の色恋沙汰が大好きだから。
つづき
ユキが、「話していいの?」と言いたげにオレを見やる。なんと答えたものか迷っていると、予想だにしな
かった声が割り込んできた。
「あ、あたしも聞きた〜い!ね、ニホンちゃん!!」
「う、うん……わたしもびっくりしたし………。武士ったら、いつの間に………もう」
仰天した。空いていた筈のカウンター席に、いつの間にか、姉さんとタイワンさんが座っている。いや、この
二人どころか、アメリーさんやゲルマッハさん、アーリアさん、エリザベスさんにフランソワーズさん…姉さん
の主立った友人たちが、ずらりと並んでいた。皆、興味で目を輝かせている。
「…………なぜ姉さんたちがここにいる」
半眼で睨むと、揃って目をそらしやがった。
「いや〜、偶然よ、ぐ・う・ぜ・ん。たまたまここに来たら、ウヨ君たちがいただけよ〜」
嘘だ。噂を聞きつけて、後をつけてきたに違いない。
「ねぇ?マスター。ただの偶然だもんねぇ〜」
「……どっちでもいいよ。まったく、仕事が増えて面倒くさいったらありゃしない」
「あ、酷い言い方〜。せっかく、可愛い女子高生が揃って来たのに、もすこし愛想いい答えしてほしいなぁ」
「悪いが、子供は守備範囲外だ」
タイワンさんとマスターが、噛み合わない漫才を繰り広げているのを後目に、姉さんは、ひどく真摯な目で
オレとユキを見つめていた。
「由紀子ちゃん……昔、武士とキスしたって………本当?」
「………はい」
「そう………わたしは、無理には聞かないわ。でも、ひとつだけ………。武士のこと、好き?」
つづき
〜Side Laska〜
かちり。
ニホン姉さんの問いかけを聞いた瞬間、私のスプーンが、パフェグラスに当たって耳障りな音を立てた。
手が、動かない。いや、全身が、まるで氷漬けになったように、ぴくりとも動かなかった。
いや。
いやいやいや。
聞きたくない。
由紀子ちゃんの答えは分かりきってる。
でも、それを本人の口から聞かされるのが、怖くてたまらない。
そして………それを聞いたウヨ君がどんな反応をするのか……私は平静を保っていられるのか………
恐ろしくてたまらない。
店内に、沈黙が舞い降りていた。マスターと私を除く全員が、由紀子ちゃんに視線を注いでいた。
「ええ………好きです。大好きです」
おお、というどよめきが、店内に満ちた。
私は……呆然としていた。こんな台詞を、なんのてらいもなく言ってのけるなんて……。
彼女の、ウヨ君に対する想いの深さ、激しさを、改めて思い知らされた。
そして……ふと思った。同じ質問をされたとき、私はなんと答えるだろう?「お兄ちゃんとして」好きとか、
「幼なじみとして」好き………そう答えるんじゃないかな……。
好き。好意を抱いている。想いを寄せている。……愛してる。
…………………分からない。私は確かに彼のことが好き。でもそれは、どういう形での「好き」なの?
兄貴分として?幼なじみとして?それとも………一人の男性として?
「好き」と一言で言うのは簡単。でもその中には、無限に等しい意味を込めることができる。
………私が口にすべき「好き」には、どんな意味を持たせるべきなんだろう?
つづき
〜Side Yukiko〜
ちょっとまずかったかな?
ワタシは、自分の発言の結果に、ちょっとだけ戸惑っていた。オグナは、表情の選択に困ったような顔をし
ている。喜んでいいのか、照れるべきなのか、それとも困ればよいのか、分からないと言いたげだ。きっと、
女の子から面と向かって「好き」と言われたことがないんだろうなぁ。
ラスカちゃんは……オグナとは対照的に、無表情だった。うつろな目で、パフェをじっと見つめている。沈黙
という名の砦にたてこもり、なにやら考え込んでいる。
しかし………ワタシは、こう答えるしかなかった。いくら韜晦したところで、オグナへの気持ちを隠し通すな
ど出来なかったから。ましてや否定するなど、ある意味ワタシの全てを否定するに等しかったから。
ワタシの答えを聞いたさくらさんは……すごく穏やかな目でワタシを見つめていた。かすみ草にも似た、控
えめで、儚げな笑顔。
「そう………わたしはそれだけ聞けたら十分よ。………マスター、ごちそうさまでした」
そう言って、スツールから降りるさくらさん。
「に、ニホンちゃん!?」
「いいのよ、タイワンちゃん。由紀子ちゃんの気持ちが聞けたんだから、もう十分なの、わたしは。……ね、
由紀子ちゃん」
「………はい」
「武士を……好きになってくれて、ありがとう」
その一言を残して、さくらさんは、店を出ていった。このひとには敵わない。全てを受容し、包み込んでくれ
る懐の深さ。母性というものの存在を確信させてくれるひと。
さくらさんは、ある意味、ワタシの目標になるひとだ、そう…思った。
つづき
「で……ウヨ君とキスした……ううん、ウヨ君のことを好きになったいきさつ……よければ教えてもらえるか
な?」
さくらさんの隣に座っていた、元気そうな人が促してきた。ええっと………タイワンさん、っていったっけ。
ワタシは、もう一度、オグナを見た。ワタシの過去、つまりはオグナの過去だ。話していいものかどうか、彼
の了解を得た方がいい。……が、オグナは、相変わらず困ったような顔で沈黙している。迷っているのだろう。
いいや、言っちゃえ。なぜワタシがオグナのことを好きになったのか、オグナ本人に知ってもらいたいし。
「………分かりました。あれは、十年前………」
十年前。ワタシは、いじめられっこだった。何故いじめられていたか、それはよくわからない。
いじめていたのは、近所でも評判のガキ大将だった。ブランコを横取りされたり、砂場で遊んでいると乱入
して無茶苦茶にしたり。仲のいい女の子が、文句を言っても馬耳東風。相変わらず、彼はワタシをいじめ続
けた。
事件が起こったのは、オグナたちがやってきた次の日のことだった。
飽きもせずに、ワタシのお人形を取り上げてへらへら笑っていたガキ大将に、どこからか現れたオグナが
近づいていったのだ。
「んん?なんだ、おまえ。みかけないやつだな」
「…………かえしてやれよ」
「なに?」
「かえしてやれ、っていったんだよ!」
いきなりだった。目にも留まらぬ早業で、オグナは、ガキ大将の腕をねじりあげたのだ。悲鳴を上げ、人形
を取り落とすガキ大将。オグナは、それをすくい上げると、ワタシに放り投げてきた。
つづき
「てめぇっ!」
ガキ大将の取り巻きが、オグナを包囲する。が、オグナは、怖れる色すら見せずに昂然と言い放った。
「おとこがよってたかっておんなのこをいじめるな。みっともないぞ!」
「うるせぇ、おんなのまえだからってカッコつけてんじゃねぇや!やっちまえ!!」
乱闘が、始まった。細身のオグナは、ひどくすばしっこかった。四方から殴りかかってくる悪ガキどもを、
ひょいひょいとかわし、的確な一撃を入れていく。
「こ、こいつ、つよいぞ!」
何人かが戦意を喪失して逃げてゆく。今まで、いじめにも黙って耐えていただけだったワタシは、怖れる色
もなく抵抗し、反撃に出るオグナの勇敢さを、半ば呆然と見ているだけだった。
……が、所詮は多勢に無勢。オグナの後ろから飛びかかった一人が、彼の動きを止めた。
一方的な暴力が始まった。羽交い締めにされたオグナを殴る蹴る。みるみる彼の顔が腫れ上がり、服が
ボロボロになってゆく。
やめて!おねがいやめて!
叫びたかった。でも、声が出なかった。竦み上がったワタシは、ただ、眼前に展開される陰惨な光景を、見
ているしかできなかった……。
がくり、と、オグナの頭が落ちた。まるで、力つきたかのように。
「へっへっへ…まいったか!」
勝ち誇るガキ大将。大勢で一人を相手にしてるくせに………!
その瞬間。オグナが、弾かれたように頭を上げた。彼を羽交い締めにしていた子分の鼻っ柱に、後頭部が
勢いよく激突する。
悲鳴と鼻血を撒き散らしながら、派手に横転する子分。オグナの戒めは解かれた。
つづき
身体の自由を取り戻したオグナは、即座に反撃に転じた。
獲物を見つけた隼のように、ガキ大将に突っ込んでゆく。咄嗟のことで、反応しきれなかったガキ大将の腹
に、オグナの頭がめり込んだ。
「ぐふ……っ!!」
身体をくの字に折り曲げて、呻き声を上げるガキ大将。そのまま尻餅をついた彼の上に馬乗りになったオ
グナは、情け容赦なく拳の雨を降らせた。
「こ、このぉっ!!」
慌てた子分が、オグナを引き剥がしにかかる。もつれあって殴り合う二人が離れるかと思われたその瞬間。
オグナは、ガキ大将の腕に、思い切り噛みついた。
「いてててててててててて!!」
たまらず叫ぶガキ大将。下手に引っ張れば、却ってガキ大将を痛めつけることになってしまう。子分たちの
動きが止まった。
「は、はなせぇ!!このやろーっ!!」
闇雲に拳を振り回し、オグナを乱打するガキ大将。しかし、オグナは、まるである種の亀にでもなったかの
ように、喰いついた口を離そうとはしなかった。
やがて、ガキ大将の悲鳴は、ぶざまな泣き声に変わっていった。
「い、いてぇよぉ………わかった、わるかったから、もうはなしてくれよぉ………!」
それを聞いて、ようやく解放するオグナ。ガキ大将は、泣きながらほうほうの態で逃げ出していった……。
「たたかれてないか?だいじょうぶか?ユキ」
その声で、ワタシを縛り付けていた呪縛が解かれた。満身創痍のオグナに駆け寄る。
「へへへ………かちぃ!」
にかっ、と笑い、ワタシに向けてVサインを見せるオグナ。……そして、そのまま、ものの見事にひっくり
返った。
「き………きゃああああああ!!しっかりしてぇっ!!」
つづき
カラスが、物悲しく鳴き交わしながら、ねぐらへと帰ってゆく。ワタシとオグナは、夕陽を浴びながら、家路を
歩いていた。
ふらふらと、力無い足取りのオグナ。それを支えようとするワタシ。しかし、彼は、そのたびにワタシの手を
振り払った……。
二人のあいだに、会話はない。ただ無言で、足を動かすのみ。
………ダメ。お礼を言わなくちゃ。
「あ……あの……」
「あん?」
いつもと同じ、ぶっきらぼうな声。でも、その奥底に、暖かなものがある。その時のワタシは、そう感じた……。
「どうもありがとう。その……たすけてくれて」
「べつに。おまえをたすけようとおもったわけじゃねーよ。アイツがきにくわなかったから、なぐっただけだ」
それは、照れ隠しだったのだろう。顔の紅さは、夕陽のせいだけとは思えなかった。
「うん………でもね。すっごくうれしかった」
ふたたび沈黙が降りてくる。
ややあって、オグナが口を開いた。ひどく真面目な声だった。
「なあ………オマエ、いつもいじめられてんのか?」
「う………うん………」
「………………だれもかばってくれないのか?」
「う……ん……。あのこ、すごくケンカつよいし」
「………………おまえさー、おどおどしすぎだよ。だからいじめられるんだ」
「だ、だって……こわいもん」
「だからって、ずーっとがまんしてたら、ずーっとずーっといじめられるぞ?」
「そんなのヤダぁ………」
つづき
ワタシは、涙声で呟いた。オグナの指摘したことは、正論だ。そしてそれは、希望とは対極にある現実だっ
た。……でも……ワタシに、なにができるの?ワタシは、なにをしたらいいの?
すがるような思いで、ワタシはオグナを見た。彼は、無惨に腫れあがった顔に、無理矢理笑みらしきものを
浮かべて、その答えを告げた。
「だからさ……。つよく、なれよ。べつにケンカにつよくなれってわけじゃなくて……イヤなことはイヤって……
それをハッキリいえるように、さ」
それは、当時のワタシには、無理難題に等しいものだった。そんなことができたら、最初からいじめられた
りなどしていない。
うつむいたまま、黙っているワタシを見やって、オグナは困ったようにため息をついた。
「まあ……オレがこっちにいるあいだは、アイツらにはゆびいっぽんふれさせねーよ。あんしんしろ」
「……!!」
驚いて、オグナの顔を見上げる。だが、彼はそっぽを向いていて、表情を伺い知ることはできなかった…。
帰宅したワタシたちを待っていたのは、オグナのお母さんと、さくらさんの怒声だった。
服はぼろぼろの上に泥だらけ、顔には青あざときたら、なにをやらかしたのか一目瞭然。当然の結果だっ
た。二人から小言のシャワーを浴びつつ、赤チンを塗りたくられている彼を見るに見かねて、ワタシは弁護し
ようとした。
オグナは、ワタシをいじめっこから助けてくれたんです……!
…しかし、その言葉は、オグナ自身の眼光によって遮られた。言うな、と、彼は目で訴えていたのだ。
ワタシは沈黙を守った。ワタシを護ってくれたのに、小言を言われているオグナ。ワタシのお父さん、お母さ
んに、心配をかけまいと、敢えて悪者になったオグナ。ワタシは、そんな彼を、涙に濡れた目で見つめてい
た……。
ただ……オグナのお父さん、そしてワタシのお父さんは、全てを察していたのだろう。二人は無言で、でも
暖かな微笑をたたえ、オグナの頭を、そっとなでてくれたのだった………。
つづき
〜Side Laska〜
「…………だから、オグナのことを好きになったの。ワタシを護ってくれるひと。ワタシのことを、考えていてく
れるひとだから……」
由紀子ちゃんは、そこでいったん言葉を切った。
私は、何故か苦笑が浮かんでくるのを押さえることができなかった。
…………………ウヨ君らしいな……。
ウヨ君は、ずっと昔から、ウヨ君であり続けていたんだ。人のために、平気で危地にとびこんでゆくひとだっ
たんだ……。
私は、そっと、となりのテーブルに座っているチョゴリちゃんを見た。彼女も、昔、いじめられていたところを
ウヨ君に助けられている。レモンスカッシュのグラスを、両手で包み込むように持っている彼女の瞳には、共
感と納得の光が揺れていた………。
「たった………」
不意に、ウヨ君が沈黙を破った。全員の視線が、彼に集中する。ウヨ君は、半ば呆然としたように、言葉を
続けた。
「たった……………それだけのことで………?」
「…………………オグナにとっては、それだけのことかもしれない。でもね……ワタシにとっては、それだけ
のことが、すごく嬉しかったんだよ………」
答える由紀子ちゃんの声は、対照的に、明快そのものだった。
「ワタシをかばってくれた。ワタシを励ましてくれた。そんなひと、家族以外にはいなかったもの。ワタシにとっ
ては………あなたは、騎士のような人なの」
「騎士、ねぇ…………」
面映ゆげなウヨ君。これほど素直に、信頼と敬慕を伝えられては、照れて見せるしかないのかな……?
「………で……キスしたっていういきさつは?」
タイワンさんが口を挟んできた。とたんに、ウヨ君の表情が硬くなる。私は………内心で荒れくるう何かを、
必死で押さえつけていた。聞きたい、という欲求と、聞きたくない、という感情。この二つが、せめぎ合い、渦
を巻いて、私の全身を駆けめぐる。
「話しちゃって………いい?」
おずおずと、由紀子ちゃんがウヨ君に問いかけた。内心の葛藤もあらわに、頭を抱えていたウヨ君は、や
やあってから、ぽつりと呟いた。
「…………………………………好きにしろ」
つづき
〜Side Yuki〜
あの一件以来、ワタシはオグナにべったりだった。常に行動を共にしていた。虫取り網を抱えて、山を走り
回り、海でカニを追いかけまわした。時には、さくらさんも入れて三人でおままごともしたりした。……彼は、
しぶしぶといった風情だったけど。
たのしい日々だった。
でも、物事には必ず終わりの時がやってくる。オグナたち一家が、ワタシの家から帰る日が―――お別れ
の時が、やってきた。
車に、沢山のおみやげを、心には、あふれるほどの思い出を詰め込んで、オグナたちは帰り支度をする。
一家全員が、それを手伝いながら、別れを惜しんでいた。
「今度は、地球町に是非遊びに来てください。住人は変人も多いですが、よいところですよ。きっと気に入っ
て頂けると思います」
「ええ、是非ともお伺いします」
「さくらちゃん、元気でね。よかったら、また遊びに来てくれると嬉しいな」
「はい、おばさま。きっと……」
交わされる挨拶。別れの儀式。
その輪から、ワタシとオグナは離れていた。二人とも無言だった。
本当は、オグナにしがみついて大泣きしたかった。いっちゃやだと、思い切り駄々をこねたかった。でも、そ
んな真似をしたところで、オグナがここに残ってくれる訳がなかった。ワタシを連れていってくれる訳がなかっ
た。
だから………せめて、笑って見送りたかった……。
「オグナ………ばいばい」
言っておきたいことは、いくらでもあったのに……口にできたのは、その一言だけだった。言葉をつなごうと
しても、のどの奥を、形にならないなにかが塞いでしまう。
「ああ……じゃあ、な」
オグナの返事も、ひどくあっさりとしたものだった。
……やっぱりやだ。行かないでほしい。次にいつ逢えるのか、それすらわからないのに……。
そう思った瞬間、鼻の奥に痺れるような感覚が走り、視界がゆっくりと滲んできた。
つづき
「お、おい……ユキ!?」
オグナが、うろたえたような声を上げた。ほほを、何かが駆け下りてゆく感触。
あれ………ワタシ、泣いてるの………?
だめじゃない、由紀子ってば。笑って……笑って見送りしなくちゃ………!
でも、涙は止まらなかった。必死に笑顔を作っても、想いは、私の気持ちは、形を変えてこぼれ落ちていっ
た………。
ぽろぽろ………ぽろぽろと…………。
「ユキ………」
オグナが、それまで聞いたことのないような、優しく穏やかな声で言った。
「やくそくしよう。ぜったいにまたあうって。また、いっしょにあそぼうな」
「うん………うん………」
「よし、ゆびきりだ」
しかし、ワタシは頭を振った。
「ゆびきりよりも………やくそくがかなうおまじない、してもいい?」
「ん?おまじない?……ああ、いいぜ」
「じゃ……めをつぶって」
素直に目をつむるオグナ。ワタシは、涙をぬぐうと、そっと彼の顔に、自分のそれを近づけていった。
胸がどきどきする。やめちゃおうかな、と、心の奥で誰かがささやく。でも………ワタシは、確かな証が欲
しかった。永遠にこころに刻みつけられる、まばゆい証が欲しかった。
ちゅ。
一瞬。ほんの一瞬だけ、二人の唇が触れ合った。驚いて目を見開くオグナ。間髪入れず、ワタシは彼にし
がみついた。
「やくそくしたよ…………きっと………また………あおうね!!」
震える声で叫ぶワタシのほほを、新しい涙が、そっと伝っていった…………。
つづき
〜Side Laska〜
私は、とぼとぼと家路をたどっていた。
由紀子ちゃんの話。それは、衝撃以上のなにかを、私に叩きつけていた。
羨望、嫉妬、苛立ち、後悔。いろいろな感情が混淆して、私を苛む。
…………………聞くんじゃなかった………………。
彼女と、ウヨ君が、どれほど濃密な時間を過ごしていたのか。どれほど深く心を通わせていたのか。一言
一言が、私を打ちのめした。みずから望んで聞いたとはいえ、あの時間は、ほとんど拷問にちかいものだっ
た。
私は、自分がウヨ君にいちばん近いところにいると思っていた。彼の隣にいることを、当然のことのように
考えていた。でも………それは、幻想にすぎなかったんだ。私だけの特等席は、砂の土台の上に作られた
ものだったんだ………。
由紀子ちゃんの登場は、私が座り込んでいた特等席を、一瞬でたたき壊した。ウヨ君の隣には、いまは誰
もいない。そしてそこには、由紀子ちゃんが座ろうとしている……。
いや!!
それを考えただけで、私のなかで、何かが激しく荒れくるう。
仲良く笑いあい、ふざけ会うふたりのイメージが、私を押しつぶそうとする。それは、ついこの間までの、私
の姿。ひょっとしたら、もう二度とそんなことはできないかもしれない、過去の幻影。
「………………っ」
目尻が熱くなってくる。すさまじい敗北感と、巨大な喪失感。その二つが、私を挟み撃ちにする。
「ラスカちゃーん!まってー!!」
由紀子ちゃんが、私に駆け寄ってきたのは、そんなときだった。
つづき
「はぁ……はぁ……はぁ……」
私の目の前で、息を弾ませる由紀子ちゃん。透明な汗が、かすかに上気した彼女の顔を美しく彩る。
「……なにか、用なの?」
いけないとは思いつつも、声がとがるのを押さえきれない。
「ええ…………あなたの気持ちを、聞いておきたくて」
「私の……………?」
「ええ。……単刀直入に聞くわ。ラスカちゃんは………オグナのこと、好きなの?」
「…………!」
ついに聞かれてしまった。私自身も、答えを出すことを先延ばしにしていた質問を。
由紀子ちゃんは、韜晦やごまかしを一切拒絶した、厳しい眼光で私を縛り付ける。
「わ、私は…………」
声が続かない。さっきまで自問自答していた疑問。「好き」という言葉の意味。
私が答えに迷っていると、由紀子ちゃんは、ふっ……と柔らかい笑みを浮かべて言った。
「このままじゃ、ワタシが悪役になっちゃいそうだから」
「悪役…?」
「そう。悪役、悪役」
悪役、という単語を、まるで歌うかのように発音する。
「お姫様から、王子様を奪い取ってしまう悪い魔女みたいじゃない、ワタシ?」
「そ、そんな………」
「でもね」
不意に、由紀子ちゃんが微笑をおさめた。信じられないくらい静かに、まるで宣誓をするかのように言い放
つ。
「でも……悪い魔女だって……王子様の事が大好きなのよ」
「………!」
ああ……このひとは、本気なんだ。ならば、私も本気で答えなくちゃ。
つづき
目を閉じる。ウヨ君と由紀子ちゃんが、睦まじく笑いあっているところを想像してみる。
そのとたんに、こころのなかでなにかが軋み、心臓が鷲掴みにされたような痛みが走る。
やっぱり………私は………私は…………!
「好きよ」
さっきまでの逡巡が嘘のように、自然に言葉が滑り出ていた。
「好き………私は、ウヨ君の事が大好き。ずっと、ずっと……彼の隣にいたい……!」
言った。言ってしまった。もう後戻りできない。ウヨ君のことを好きだと自覚して、口にだしてしまった以上、
もう、彼の妹分ではいられない。
でも……こころにつかえていたモノが、すっと消えていったのも、また事実だった。
「うふふ。その言葉が、聞きたかったんだ……」
満面の笑みを浮かべて、由紀子ちゃんが言った。すごく魅力的な笑顔だった。
「これで、ワタシたちはライバル、ね。お互い、正々堂々といきましょう」
笑みの質が変わった。不敵な、と形容できそうな、自信に満ちた笑み。
「ええ……そうね」
そう答える私の顔も、彼女と似たような表情だっただろう。
どちらともなく、手をさしだす。
二人の声が、重なった。
『負けないわよ』
つづく
次回予告
「ああ………楽しかったよ」
オレたちは、変わろうとしていた。
「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
もはや、幼い日には戻れない。
「ウヨ君…………」
それぞれの想いを胸に抱いて。
「幸せだわ………今のワタシは………」
夜は、静かに更けてゆく……。
「どうしたら………いいのかな……」
次回 「月の光に抱かれて」
オレたちは、夢を見る。
この作品の評価
結果
その他の結果
選択して下さい
(*^ー゜)b Good Job!!
(^_^) 並
( -_-) がんばりましょう
コメント: