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第8話 あさぎり ◆WOaKOSQONw 投稿日:  2005/07/10(日) 00:33:30 [ PJ2msvnw ]

『ゆめ』

 こんな夢を見た−−−−−−

 壁際をずうっと歩いている。ひどくひび割れ崩れてきそうな壁。
 私はそれを越えたいと思っていた。どこから越えられるのか、ずっと探していた。
 降り積もる寂寥、不確かな空の色、乾いた瓦礫を踏みしめる音。全てが私を包んで押し潰す
みたいだ。
 この無愛想な壁を越えれば解放される、私はそう信じていた。そして多分本当だろう…

 歩き続ける。歩く…ふと見ると、壁に手が入るくらいの穴がある。
 覗きこむと向こうが見えた。突然、ぬっとむこうから覗き込む目と目が合う。
「きゃ、きゃああ!」
 頓狂に叫んだ。向こうからも似たような悲鳴が聞こえる。
「だ、だあれ?」
 質問に返事が返ってくる。でも何を喋っているかわからない。ただ、何か必死なの
だけはわかる。
 伝えたいことは私にもある。この子もそうなのだろう。言葉の通じないもどかしさが私を
苛立たせる。でもそれでは何も解決しない。
 再び覗きこんだ穴で、むこうにいる子は喋っては伝わらないと悟ったのか、身振りで何か
やった後、自分の手を穴に入れてきた。何か確かめたがるような言葉を吐きながら。
 ああ、わかるよ、何がしたいか。

 そこに誰かいるか、確かめたいんだね…

「ここにいるよ」
 私も答えて、穴に手を突っ込む。本当に腕が入るかどうかの小さな穴、そして届くかどうかも
判らない厚い壁。
 やがて伸ばした手の指先が触れる。壁の向こうの人の気配、それは確かな生きている証。
 がんばれ、がんばれと声をかける。でもこんな穴を通して手を握って、それでどうすると
言うのだろう?
 壁の向こうの子も寂しいのかな?一人きりなのかな?家族はどんな人がいるのだろう?幸せ?
それとも幸せじゃない?今日楽しいことあった?誰かとお喋りして笑った?寂しいのはやっぱり
嫌だよね?何処かで出会ったら、私とあなたは楽しくお話できるかな?

 指と指が何かを確かめるように絡み合う。
 確かな体温、確かな感触。それは寂しさが積もった時の、信じられなくなった時の拠りどころ。
 その子も優しく私の掌を握りしめ、何か決意したようにきゅっと力を込めたあと、ぱっと放した。
 やがて向こうから何か大きな声で叫び、歩み去る足音が聞こえる。
 少し汗ばんだその手の感触の名残、それを確かめて私も叫び返す。
「きっとまた会おうねーーー!!」
 足音は、迷いがないみたいに規則正しく遠ざかる。あの子もきっと、この感触を信じているの
だろう。
 私もこの越えたい壁を、どこでそれが出来るか探さないといけない…でも、さっきより
気楽になった。私は、決して一人きりなんかじゃない。


「て、いう夢見たのよねぇ…」
「姉さんヘンだよ…なんか欲求不満?」
「そ、そんなことないもん!ううぅぅぅ……」

おしまい

解説 あさぎり ◆WOaKOSQONw 投稿日:  2005/07/10(日) 00:41:51 [ PJ2msvnw ]

□跡書
※ ニホンちゃん4周年!
の、癖にソースないっすハイ…元ネタはあるんですけどね、黒澤明監督の同名映画『夢』。
めっちゃシュールな映画ですから賛否色々な映画です。おいらは結構好きですハイ。
※ えーと、外交はこういうものなんではってお話ですね今回は。お互いの腹のうちの探り合い、
胸襟開けばすんなり行くお話も猜疑心やエゴやプライドが邪魔してなかなかそうは行かない。でも
理解してもらいたいし、手を取り合いたい・・・なかなか上手くいかないものですなあ。それはまた、
身近な人間関係の延長なんではとつくづく思います。
※ 通じない言葉で再会を誓い合うってのは、言葉を超えたコミュニケーション。一度経験して
みたいですね、『想いが言葉を越える』ってのw

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